豊後大野市

大分おすすめ観光スポット・稲積水中鍾乳洞へ!日本最大級の水中洞窟ってどんなとこ?【大分の旅】

大分県にはおすすめの鍾乳洞が二つあります。 一つは臼杵市の風連鍾乳洞! そしてもう一つは今回ご紹介する稲積水中鍾乳洞です。 言葉でお伝え出来ることは少ないので写真メインで稲積水中鍾乳洞の魅力を紹介します! ...
臼杵市

日本一美しい鍾乳洞?!国の天然記念物の風連鍾乳洞へ行ってきた【大分の旅】

大分県の山中に日本で一番美しい記念物と評価される鍾乳洞があります。 洞の奥行きは500m、閉塞型の鍾乳洞で外気の侵入が少なく、風化作用されなかったため、記念物は光沢がよく、均整のとれた最も美しい形で成長し、純白に近いのが特徴です。(中略)...
牛久市

シャトーカミヤと日本ワイン製造先駆者の神谷傳兵衛について【茨城の旅】

茨城県の牛久市にあるシャトーカミヤは日本ワイン史の中でとりわけ重要なポジションにあります。1903年に神谷傳兵衛が開設した日本初の本格的ワイン醸造所で現在事務室、醗酵室そして貯蔵庫が国の重要文化財に指定されています。ではまずシャトーカミヤを立ち上げた神谷傳兵衛について見ていきましょう。
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松山市

湯築城の風景と伊予の豪族・河野氏の歴史について紹介する!【愛媛の旅】

14世紀前半(南北朝時代)~16世紀末の約250年間、伊予の豪族・河野氏が湯築城を居城としました。河野氏は越智氏を祖とする地方豪族で善応寺付近にあった河野郷から勢力を拡げたと伝わります。平安時代末期、後に鎌倉幕府を開いた源頼朝が挙兵すると河野通清・通信父子はこれに従い平家の軍と争いました。
木城町

耳川の合戦とは?大友vs島津の決戦をフロイス日本史から見る【宮崎の旅】

耳川の戦いは1578年に大友宗麟と島津義久の間で行われた合戦です。耳川で場所で起きたと思われがちですが、実際は高城という城を巡って争われました。この戦いで大敗を喫した大友氏は没落の一途を辿ることになります。今回はルイス・フロイスの日本史を参考にしながら耳川の戦いについて書きます。
庄原市

七塚原SAでワニバーガーを喰らう。ワニってあの爬虫類の鰐のことなのか?【広島の旅】

ひとり旅の帰りに寄った中国自動車道の七塚原SA(下り)。眠気が酷かったのでコーヒーを飲みながら気分転換。お腹は減っていなかったのですが、レストランのメニューを眺めていました。そこにはワニバーガーという見慣れない文字が…。ハンバーガーの中身は『パンズ、トマト、レタス、ワニのフライ(?)、チーズ』。
佐賀市

江藤新平と生誕地と墓へ参拝。彼の人生と佐賀の乱について紹介しようと思う【佐賀の旅】

江藤新平は幕末から明治初期に活躍した佐賀県出身の政治家です。佐賀藩の七名の偉人『佐賀の七賢人』、明治政府に貢献した『維新の十傑』の一人に選ばれています。征韓論を巡る政争の結果起きたとされる明治六年政変で下野したのち、佐賀県に帰省し佐賀の乱のリーダーの一人として新政府軍と戦います。
今治市

村上海賊の城、能島城跡をカレイ山展望公園から眺める【愛媛の旅】

今治市宮窪町の沖に浮かぶ能島、鯛崎島。村上水軍の頭領である能島村上氏は能島城を築城し居城としました。能島村上氏が史料上に登場した時期と発掘された遺物の時期が一致したことから14世紀後半頃には居城があったと推測されています。この島から戦国時代に大活躍した村上海賊の頭領・村上武吉が出現しました。
今治市

島がまるまる城跡?!村上水軍が治めた来島城跡に行ってきた!【愛媛の旅】

来島城は瀬戸内海で名を馳せた村上海賊の一族が治めた城です。城主の来島村上氏については過去の記事で触れていますので下記のリンクを参考にしてください。今回はちょっと筆を休めて写真メインの記事でお送り致します。波止浜港から来島行の定期船が出ています。港から5分くらいどんぶらこすれば来島に到着です。
玖珠町

水軍で有名な来島村上氏が治めた豊後森藩の名残、旧久留島氏庭園を歩く【大分の旅】

旧久留島氏庭園は江戸時代に豊後国(大分県)の『速水、玖珠、日田』を領した森藩の藩庁があった場所です。藩主は来島氏。戦国時代に瀬戸内海で活躍した村上水軍の一族であります。1601年に入封し明治維新まで森藩を治めました。今回は旧久留島氏庭園の風景と来島・久留島氏の歴史について書きます。
中津市

日本三大水城の一角・中津城へ!黒田官兵衛と城の歴史について【大分の旅】

中津城は豊臣秀吉の名参謀・黒田官兵衛(如水)が1588年に築城を開始し、そのあと入封した細川氏が拡張完成させた城郭です。現在の天守は摸擬建築で『天守は無かったのではないか?』といわれています。海水を引き込んだ堀を持つ中津城は日本三大水城の一つに数えられています。
鹿児島市

西郷隆盛に最も信頼された漢?寡黙の少将・篠原国幹について【鹿児島の旅】

篠原国幹は薩摩藩の武士、及び陸軍軍人です。戊辰戦争では薩摩藩三番小隊長として鳥羽伏見の戦い、上野戦争、奥羽征伐を転戦。その功績により陸軍大尉、次いで陸軍少将に任命されます。西郷隆盛が参議を辞職した際、篠原もそれに追随、西南戦争で一番大隊大隊長となり奮戦するも吉次峠で銃弾を受け戦死してしまいました。
鹿児島市

晋どん、もうここらでよか…。激動を生きた別府晋介の人生について【鹿児島の旅】

別府晋介は西南戦争の最終盤で西郷隆盛の介錯をした人物として有名です。彼は1847年に鹿児島県吉野村に生を受け、1877年に鹿児島県の城山で亡くなりました。今回、別府晋介誕生地と埋葬地の南洲墓地に行ってきました。1934年6月28日に発行された【近世名将言行録】を引用しつつ別府晋介の生涯を紹介します。
鹿児島市

桐野利秋誕生地と彼の墓地へ!人斬りと呼ばれた彼の人生について【鹿児島の旅】

西郷隆盛洞窟 案内板より引用 世に、桐野利秋ほど毀誉褒貶の定かならぬ人物も、また珍しい。 東郷 隆 著 九重の雲 第一章 唐芋侍より 桐野利秋が主人公の歴史小説【九重の雲】の冒頭。 毀誉褒貶と言うけれど、悪いイメージ...
鹿児島市

村田新八誕生之地へ!『村田新八 西郷と大久保 二人に愛された男』を読んで【鹿児島の旅】

村田新八は幕末から明治初期に活躍した薩摩藩出身の政治家です。1877年に起きた西南戦争で西郷隆盛率いる薩軍・第二大隊大隊長として奮戦するも次第に追い詰められ、鹿児島の城山で西郷たちと共に命を落とします。【西郷と大久保 二人に愛された男 村田新八】を参考にしてその人生を振り返っていきます。
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