桐生市

赤城山頂駅から行くパワースポット!御神水の湧水地へ【群馬の旅】

赤城山頂駅は1957年に赤城山頂と黒保根町を繋ぐ赤城登山鉄道の赤城山頂側に設置されたケーブルカーの駅です。交通の発展に従って利用者が減少したため、残念ながら1968年に閉鎖されてしまいました。現在の赤城山頂駅はサントリー・ビア・バーベキューホールに改装され飲食、お土産店として運営されています。
国東市

国東半島の両子山と両子寺七不思議について【大分の旅】

大分県北東部にある国東半島は自然に恵まれた美しい場所です。半島中心には両子山が聳え、その頂上付近に両子寺があります。今回は両子山と両子寺の七不思議について紹介を致しましょう。それでは参ります!次は七不思議を見ていきましょう。殆どが両子寺境内にあります。
杵築市

杵築城跡の資料館にある軍人の遺品を見て俄然杵築に興味が湧いた【大分の旅】

1394年、杵築城は豊後大友氏の一族である木付氏によって築城されました。東に海、南北は川に挟まれた天然の要害として知られています。木付氏は大友氏に殉じた忠義の一族だったようです。意外と大友氏って忠義の将が多いです。だからこそ全盛期にあれだけの領地を抱えることが出来たのでしょう。最後は真っ逆様に落ちていきましたけど…。
長門市

童謡詩人・金子みすゞの記念館に行って。彼女の人生についてまとめました!【山口の旅】

山口県の金子みすゞ記念館に行ってきました。金子みすゞの名前は知っていました。詩人だということも。それ以外は何も知りませんでした。今回の訪問で彼女の人生に触れることが出来ましたので、後学のためにまとめようと思います。金子みすゞは1903年4月11日に山口県大津郡仙崎村で生まれました。本名は『金子テル』。兄と弟がいます。
佐賀市

佐賀城の風景を眺めて。幕末の名君・鍋島直正公についてざっくり紹介します【佐賀の旅】

室町時代後期。肥前国佐賀郡は少弐氏から下剋上を果たした龍造寺氏によって支配されていました。当主の龍造寺隆信が沖田畷の戦い(1584年)で戦死すると、重臣の鍋島直茂が中心となって龍造寺家を支えます。江戸時代に入ると龍造寺氏が居城にしていた村中城を鍋島直茂・勝茂父子が改修、拡大します。これが佐賀城の始まりです。
大分市

ずっと大友宗麟の居城だと思っていた府内城へ!(信長の野望の影響だな…)

築城年は1597年。初めは府内城ではなく地名から荷揚城と呼ばれていました。築城者は豊臣家臣の福原直高という人物です。福原直高は播磨赤松氏の一族で出で、石田三成の妹を娶りました。 朝鮮出兵では軍監として渡航します。このとき石田三成たちと武闘派の武将が軍令違反した!と秀吉にチクったため武闘派と対立してしまいます。
長浜市

秀吉の居城・長浜城へ!ここから秀吉は更なる躍進を遂げることになるのだけれど…。それはまた別のお話で

1573年(天正元年)に朝倉、浅井氏との戦いで戦功をあげた織田家臣の木下藤吉郎秀吉は滅亡した浅井氏の故地を拝領しました。秀吉は浅井氏本城だった小谷城にしばらく住んでいましたが今浜(現在の長浜)が交通の要衝と判断し築城を開始します。そして城が完成し地名を長浜と改めここを居城とし更なる躍進遂げることになります。
大洲市

比志、地蔵ヶ岳、大津。大洲城の3つの別称の由来とその歴史について調べてみた!

愛媛県大洲市、肱川のほとりに聳える大洲城跡。その歴史は古く、鎌倉時代の末期に伊予国の守護として遣わされた宇都宮氏が大洲を拠点とし城を築いたことから始まります。天守は明治時代中頃に取り壊されてしまいましたが、江戸時代後期に建て直された台所櫓、高欄櫓、苧綿櫓、三の丸南隅櫓は現存し国の重要文化財に指定されています。
白河市

白河小峰城に登城!お城の歴史と人柱伝説・おとめ桜について【福島の旅】

福島県白河市の白河小峰城に訪問しました。当日は寒波の影響で大雪が降っていたため辿り着くまでに大変苦労した記憶が残っています。雪道運転にそれほど抵抗はないのですが、やはり少しの油断が大事故に繋がりますので物凄く神経を使います。今回は冬の白河小峰城の景色とその歴史、最後に人柱伝説『おとめ桜』について見ていきます。
犬山市

国宝・犬山城を歩く!その歴史を景色と共に振り返る【愛知の旅】

犬山城は織田信長の叔父・織田信康が築城しました。1547年に信長の父・信秀が美濃の斎藤道三を攻めた際、従軍した織田信康は討ち死にしてしまいます。そして信康の息子、織田信清が犬山城に入城。織田信秀が亡くなり信長の代になると最初こそ従っていた信清ですが次第に仲が険悪になり対立。信清は信長に敗北し甲斐へ逃亡。
高崎市

白衣観音で有名な観音山の高崎百庚申を巡ろう!【群馬の旅】

高崎市の観音山丘陵にある百庚申を巡りました。庚申塔に興味をお持ちは少ないかもしれませんが、掘り下げて調べてみると昔の人々の生活が垣間見れてなかなか楽しいですよ!庚申については下仁田百庚申でまとめましたので、この記事をご覧になる前に一読していただくとわかりやすいかと思います。
渋谷区

勝利のパワースポット!日本を勝利に導いた東郷平八郎が祀られる東郷神社に参拝【東京の旅】

東郷神社は都会の喧騒の中、静かに佇む神聖な場所。ここの雰囲気が大好きでよく訪れたものです。勝利の神様が祀られているということでクソ真面目に仕事をしていたときは『いい結果が出ますように!』と参拝して御守りを買いに来たりもしました。恐らく私の人生で東京に長期間滞在することはもうないと思うので最後の記念に訪問しました。
北九州市

今は無き、洞海湾に沈んだ若松城、若戸大橋を眺めて!こんなところに城があったなんて想像できないな【福岡の旅】

1500年前半には城があったとされていますが、築城年や築城者は不明です。船の往来を監視するために造られたものだと思われます。関ヶ原の合戦後の1601年、筑前入りした黒田長政は国境を守るため黒田六端城と呼ばれる6つの城を築きました。その中の一つが若松城で城主は三宅家義という武将でした。一国一城令で若松城は廃城に。
神戸市

運河に沈められた兵庫城跡へゆく!遺構が眠る新川運河とイオンモール神戸南店をぼんやりと眺めてきた【兵庫の旅】

兵庫城は戦国時代に織田信長家臣の池田恒興によって築城されました。江戸時代に入ると尼崎藩の領になり陣屋が置かれます。尼崎藩は建部氏から始まり戸田氏、青山氏を経由して桜井松平氏の松平忠興の代で明治時代を迎え廃藩になりました。明治維新後、城跡に兵庫県庁が設置されましたが、すぐに別の所に移動されます。
津山市

日本三大平山城の一つに数えられる津山城へ!何故、津山藩は財政難に悩まされたのか?【岡山の旅】

津山城は1604年に起工し、1616年に完成しています。築城者の森忠政は織田家臣・森可成の六男として生を受けました。兄弟に森長可や森蘭丸がいます。忠政には多くの兄がいましたが、みんな戦死しています。まさか自分が当主になるとは思ってもいなかったでしょう。ちなみに本人は桃を食べたことによる食中毒で亡くなっています。
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