川場村

雨冠に児でなんと読むでしょう?群馬の吉祥寺訪問記【群馬の旅】

吉祥寺群馬県北部に位置する川場村に吉祥寺というお寺があります。吉祥寺といえば東京の地名が有名ですが、そもそも吉祥寺ってどういう意味なのか気になったので調べてみました。それでは川場村吉祥寺とその由来についてみていくことにしましょう。どうぞお付き合いください!
太田市

子育てに関する御利益があるパワースポット・呑龍様に参拝してきた!【群馬の旅】

太田金山の大光院にいらしたのが1613年(慶長18)で58歳のときでした。その当時は乱世が明けて間もなく田舎は秩序が整っておらず何処も荒れ放題。特に男女の不義が激しく、望まれぬ子を宿し殺したり、年端もいかない子供を山に捨てるなどといった行為が平然と行われていたそうです。
豊後高田市

国宝・富貴寺と国東半島の六郷満山について調べたよ【大分の旅】

大分県には国宝建造物が2棟あります。八幡総本宮の宇佐神宮、そして天台宗寺院の富貴寺。富貴寺を含め国東半島に点在する寺院を総称して『六郷満山』と呼び、それらは古来から山岳信仰、神道、仏教が入り混じった独特な宗教観を持ち現在に至っています。
港区

清正公と崇められる日蓮宗寺院・覚林寺と加藤清正の関係について【東京の旅】

清正公の由来。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、加藤清正は捕えた王族の子供を日本へ連れ帰り大切に育てました。その子供は成長すると出家し隠退後に覚林寺を創設し、寺に育ててくれた加藤清正の像を祀りました。その捕えられた朝鮮の子供が後の可観院日延というわけです。美談っぽい話ですが、普通に拉致ですね。
中津市

黒田官兵衛ゆかりの西蓮寺と謎の人物?!黒田市右衛門ってどなた?【大分の旅】

寳池山西蓮寺は1588年に光心師が創建しました。光心師は黒田官兵衛(孝高)の実弟である黒田市右衛門で父・職隆が1585年に亡くなったときに出家した僧侶です。といったことが寺の案内板に書かれています。黒田官兵衛の家系は貝原益軒の黒田家譜を拠り所に研究が進みそれを通説にしています。
中津市

閻魔大王と奪衣婆について。中津圓龍寺に参拝してきた【大分の旅】

圓龍寺は寛永年間(1624年~1645年)に播磨龍野藩(兵庫)から中津藩に転封してきたときに建立された寺院。宗派は阿弥陀仏を本尊とする浄土宗、山号は岡谷山、そして開祖は専譽上人です。閻魔大王の起源はインド神話の冥界王ヤマ(ダルマラージャ・ヤマ)です。
中津市

河童たちが寺を火災から守ったという伝説の残る寺町通りの円応寺について【大分の旅】

黒田官兵衛が開いた中津城下には寺町という一帯があります。これは寺院密集地帯のことですが中津の寺町には他に見られないちょっと変わった寺々が見られます。呪われた赤壁の合元寺、閻魔大王ゆかりの圓龍寺、そして今回紹介する円応寺。円応寺はとある妖怪ゆかりの寺だということで少し気になり訪問しました。
世田谷区

隠れたパワースポット玉川大師の超まっくらな地下霊場!霊場は撮影禁止なので写真はありません【東京の旅】

真言宗のお寺で創建は割と最近で大正14年です。境内には石像、石碑などもありますが、なんといってもメインは地下霊場。100m続く地下霊場は序盤は真っ暗で中盤から様々な仏像達が鎮座しています。私は訪れるまで知りませんでしたが、パワースポットとしてそこそこ人気があるようです。地下霊場は撮影禁止ですので地下の写真はありません。
国東市

墓から生まれた坊主のカリスマ!通幻寂霊禅師とは?【大分の旅】

通幻禅師の生涯を見る前に『子育て幽霊(産女)』という日本の怪談を紹介するのでまずはどうぞ。 とある夜、飴屋が店じまいの準備をしていました。そこに髪を乱した青白い顔の若い女が現れ『飴を下さい…。』といい一文銭を差し出します。飴屋の主...
臼杵市

臼杵城下の町並み二王座歴史の道を歩く【大分の旅】

二王座歴史の道は武家屋敷や寺院が立ち並ぶ臼杵の城下町です。名の由来は二王座地区の祇園社(現八坂神社)に仁王門があったからとされています。二王座歴史の道には城下町の風景に溶け込んだ飲食店やお土産屋が並んでいます。臼杵観光に臼杵城と併せておすすめ出来るスポットです。あとちょっと離れているけど国宝・臼杵石仏もいいですね。
下関市

国宝擁する功山寺と幕末の風雲児・高杉晋作の回天義挙について【山口の旅】

功山寺は1327年に創建された寺院です。現在の宗派は曹洞宗ですが創建当時は臨済宗で金山長福寺と称されました。鎌倉、南北朝時代は後醍醐天皇や足利尊氏など、室町時代は周防大内氏から庇護を受けてきました。毛利元就から攻め込まれた大内義長は1557年に功山寺で自刃しています。その後、寺は一時荒廃します。
国東市

国東半島の両子山と両子寺七不思議について【大分の旅】

大分県北東部にある国東半島は自然に恵まれた美しい場所です。半島中心には両子山が聳え、その頂上付近に両子寺があります。今回は両子山と両子寺の七不思議について紹介を致しましょう。それでは参ります!次は七不思議を見ていきましょう。殆どが両子寺境内にあります。
檜原村

後北条氏の檜原城跡と吉祥寺の十三仏巡りについて【東京の旅】

吉祥寺を登ると十三仏巡拝入口が見えてきます。十三佛信仰は古くからある日本独自の民間信仰です。人間は亡くなってから7日ごとに前世での罪を裁かれるそうです。裁判を担当する十三の仏をここでは参拝することが出来ます。十三佛信仰はそれぞれの日を担当する裁判官に故人が無事に成仏できるよう祈る儀式です。
港区

芝大門にある増上寺の歴史と徳川将軍家墓所の謎について調べてみた【東京の旅】

大門にある増上寺は小田原征伐後に関東へ入部した徳川家康が菩提寺と定めた浄土宗の寺院です。境内に徳川将軍家墓所があるのですが、何故か15代将軍全員のお墓はありません。何か理由はあるのだろうか?ということで今回は増上寺の歴史と菩提寺なのに将軍全員の墓がない理由について見ていくことにしましょう。
鹿児島市

薩摩島津氏15代目・貴久が築城した内城へ!訪問しての感想は『もう少し情報が欲しかった』です【鹿児島の旅】

島津貴久はそれまでの居城だった清水城を出て内城を築城します。貴久の長子である義久もここを居城としました。薩摩藩初代藩主の島津忠恒が鶴丸城(鹿児島城)を築くと内城は使用されなくなり大龍寺が建立されます。大龍の名は島津貴久の戒名『南林寺殿大中良等庵主』と島津義久の法号『龍伯』から取られています。
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