勝率.962の怪物!最強力士・雷電為右衛門の墓へ【東京の旅】

雷電為右衛門の墓

東京都港区赤坂の報土寺にある雷電為右衛門の墓。

雷電為右衛門は信濃国(長野県)生まれの相撲力士です。

1767年(明和4)に誕生し、1825年(文政8)に江戸で亡くなりました。

 

雷電為右衛門の墓

天明四年(一七八四)年寄浦風林右衛門に弟子入りし、寛政二年(一七九〇)から引退までの二十二年間のうち大関(当時の最高位)の地位を保つこと、三十三場所、二百五十勝十敗の大業績をのこした。

現地案内板より

勝率.962の現在まで語り継がれる相撲取りです。

身長6尺5寸(約197㎝)、体重45貫(約169㎏)という現代でも通用するレベルの巨漢であったと云います。

いちのまる
いちのまる

いまより小柄な人が多かっただろうからより一層強かっただろうし目立ったのでしょうね。

また筆まめで教養のある人物だったことでも知られており、自身の成績や巡業について書いた諸国相撲控帳(雷電日記)や松江藩相撲頭取になってからの仕事内容を記載した萬御用覚帳などが残されています。

 

終わりに

雷電為右衛門の墓

雷電さんのお墓にタバコがお供えしてありました。

タバコを吸っていたかどうかは知りませんが、かなりの酒豪だったそうです。

中国の学者・陳景山との飲みっぷり対決では完膚なきまでに陳景山を負かしています。

兩豪相對して飲み出し、五升となり七升となり八升となり、やがて一斗に達した時には、さすがの陳も終に醉ひ潰れてしまつた。

けれども雷電はなほ平氣で、倒れた陳に自分で布團を掛けてやつて、それからまた自分一人で一斗飲んで下駄穿で悠々と歸つた。

1938年(昭和13)12月10日発行 力士雷電 9頁より

※一斗=18リットル

おしまい!

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