歴史

国東市

足利尊氏、黒田官兵衛、宮本武蔵と縁がある?富来城跡について【大分の旅】

富来城は1261年(鎌倉時代)に永井実貞が国東半島の富来に築城したとされています。永井実貞は豊後大友氏の祖・大友能直が相模国(神奈川県)から下向した際に追随してきた鎌倉御家人で後に地名の富来を名乗るようになったようです。もしかすると永井実貞とは全く関係のない土着の永井氏が築城して富来氏を名乗ったのかもしれません。
竹田市

島津vs大友!豊薩合戦の戦死者が弔われた千人塚に行く【大分の旅】

大分県の竹田市に千人塚と呼ばれる場所があります。ここでは戦国時代後期、九州統一を目指す薩摩国の島津氏と没落の一途を辿る豊後国の大友氏が熾烈な争いを繰り広げました。これを豊薩合戦と呼びます。この戦いは広範囲にわたって行われ両軍は多くの兵を失いました。千人塚は数多の戦死者を弔うために作られた首塚である。
国東市

古代にタイムスリップ!安国寺集落遺跡『弥生のムラ』【大分の旅】

写真の竪穴住居は平成5年の発掘調査で見つかった弥生時代後期の集落跡をもとにして復元されたものです。昭和24年から27年の調査では多くの土器が発掘され東九州地方の弥生時代を代表する土器として『安国寺式土器』と名付けられました。またこのとき炭になった米が発掘されたことから日本初期の農耕文化を解明する重要な発見から『西の登呂』と呼ばれ注目を集めました。
別府市

別府八湯!鉄輪温泉に来たらまずはひょうたん温泉へ行こう【大分の旅】

私は別府へ出掛け用事を済ませたあと、必ずといっていいほど温泉に寄ります。温泉施設が余りに多いため最初こそ戸惑いましたが、この頃行くところが決まってきました。明礬温泉のえびす湯、何温泉に該当するのかわかりませんがやまなみの湯、そして今回紹介するひょうたん温泉の3ヶ所です。ここは初めて別府温泉に来た方にもおすすめできるお店。
臼杵市

臼杵城下、八町大路(中央通り商店街)の石敢當について調べる【大分の旅】

石敢當はせっかんとう、いしかんとう、いしがんとうなどと読みます。中国伝来で日本では沖縄県および鹿児島県に多く建てられています。この二県以外にもあるようですが、数は非常に少ないそうです。日本以外では中国はもちろん台湾やシンガポールにも存在しているとの事。説明板によると古代中国の武将にあやかって名付けられたとされていますが
高崎市

洞窟を掘り続けた山田徳三の日本庭園、徳明園へゆく!【群馬の旅】

徳明園は実業家の山田徳蔵が開いた日本庭園です。山田徳蔵は『財産を子孫に残すと碌なことにならない!だから世のために金を使うべきだ。』と考え高崎の繁栄と人々の信仰心を願い徳明園や隣接する洞窟観音を作り上げました。山徳記念館は徳蔵の居住跡につくられました漫画の記念館です。展示室には田河水泡作の『のらくろ』や黄桜の河童で有名な小島功の絵が飾られています。
伊勢崎市

突如現れた大鳥居と数百基の赤鳥居!小泉稲荷神社へ行く【群馬の旅】

小泉稲荷神社の鳥居は3列並びです。数は約200基といわれています。御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と、大国主(おおくにぬし)。崇神天皇の皇子といわれる豊城入彦命(北関東の祖)が東国征討を行った際、伏見稲荷大明神の分霊を奉祀ししたことから小泉稲荷神社の歴史が始まったと伝わっています。
下関市

パワースポット!川棚のクスの森で逆にパワーを吸い取られる思いをした【山口の旅】

高さ27m、幹回り11.2m。東西58m、南北53mに伸びる枝。重さに耐えきれなかった枝は折れることなく再び地に着き根を張ります。下関市豊浦町川棚にある一本の巨大なクスノキ。空を覆うように生い茂る様がまるで森のように見える!ということで『川棚のクスの森』と名付けられました。
伊勢崎市

田島弥平旧宅が世界遺産に選ばれた理由をその歴史から紹介する!【群馬の旅】

私が子供だった頃、近所の畑は桑で埋め尽くされていました。甘酸っぱいどどめ(桑の実)を頬張り登校した記憶が蘇ります。カイコを飼育している友達の家によく遊びに行ったものです。 真っ白でぷにぷにしたカイコはかわいいけどちょっと気持ち悪い。あれだけあった桑畑はもう殆ど無くなってしまいました。
中津市

我々はもっと勉強しなければならない。福沢諭吉旧居と福沢記念館へ行く【大分の旅】

併設されている福沢記念館。館内は撮影禁止なので写真はありません。かなり充実しているのでしっかり見ると1時間以上かかります。福沢諭吉の書籍は『学問のすゝめ』しか読んだことがありません。細かい内容は覚えていませんが、取り敢えず勉強しろ!と諭された気分になった記憶が残っています。
国東市

墓から生まれた坊主のカリスマ!通幻寂霊禅師とは?【大分の旅】

通幻禅師の生涯を見る前に『子育て幽霊(産女)』という日本の怪談を紹介するのでまずはどうぞ。 とある夜、飴屋が店じまいの準備をしていました。そこに髪を乱した青白い顔の若い女が現れ『飴を下さい…。』といい一文銭を差し出します。飴屋の主...
臼杵市

臼杵城下の町並み二王座歴史の道を歩く【大分の旅】

二王座歴史の道は武家屋敷や寺院が立ち並ぶ臼杵の城下町です。名の由来は二王座地区の祇園社(現八坂神社)に仁王門があったからとされています。二王座歴史の道には城下町の風景に溶け込んだ飲食店やお土産屋が並んでいます。臼杵観光に臼杵城と併せておすすめ出来るスポットです。あとちょっと離れているけど国宝・臼杵石仏もいいですね。
広島市

広島城、毛利輝元の築城から原爆で倒壊するまでを簡単に紹介する【広島の旅】

広島城は冠山を源流とする太田川の三角州に建てられた平城です。名古屋城、岡山城に並び日本三大平城として知られています。築城者は三本の矢で有名な毛利元就の孫、毛利輝元。輝元は豊臣秀吉の大阪城や聚楽第を参考にして広島城を築城しました。1589年に着工、完成は1599年です。広島の名は毛利輝元に名付けられたといわれています。
下関市

国宝擁する功山寺と幕末の風雲児・高杉晋作の回天義挙について【山口の旅】

功山寺は1327年に創建された寺院です。現在の宗派は曹洞宗ですが創建当時は臨済宗で金山長福寺と称されました。鎌倉、南北朝時代は後醍醐天皇や足利尊氏など、室町時代は周防大内氏から庇護を受けてきました。毛利元就から攻め込まれた大内義長は1557年に功山寺で自刃しています。その後、寺は一時荒廃します。
宇都宮市

餃子で有名な宇都宮に行ってきた。宇都宮城の歴史について【栃木の旅】

餃子の街、宇都宮。その中心にあった宇都宮城は明治の戊辰戦争による焼失と第二次世界大戦後の都市開発によって遺構は殆ど残っていません。現存建築や遺構が多く残る城跡から比べると若干の見劣りするのは否めませんが、復元土塁の中に設置された『宇都宮城ものしり館』でその歴史をしっかりと伝えていこうとする意志を強く感じました。
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