群馬県の南西に位置する甘楽町は第六天魔王こと織田信長の次男・織田信雄ゆかりの地。
群馬生まれなのに知りませんでした…。
甘楽町に行ってみようとインターネットで調べて初めて知りました。
まぁ私、東毛出身だし西毛のことなんてわからないよねと言い訳しつつ…。
でも知らないのは気持ち悪いので甘楽町へ行って確認して参りました。
それではご観覧下さい。
織田信雄と織田宗家七代の墓
まずは織田信雄について。
1558年(永禄1)、織田信雄は織田信長と側室の生駒吉乃の間に生まれました。1569年(永禄12)に伊勢の北畠具房の養嗣子として入り1575年(天正3)に北畠氏の家督を相続します。この相続はかなり強引だったらしく北畠具房と北畠家臣達は反感を抱き、陰で悪事を働くようになってしまいます。
そして1576年(天正4)、三瀬の変が発生。
信長と信雄は北畠具房及びその家臣を謀殺。これによって信雄は北畠の権力を掌握。
その後に起きた一揆を治めるため信雄は出兵しますが大敗してしまいました。しかも悪いことに信長の許可を得ずに勝手に軍を動かしたため『てめぇとは親子の縁を切る!』と怒られてしまいます。
そんなこんなしているうちに本能寺の変が起き織田信長が明智光秀に殺されてしまいます。嫡男の信忠も明智光秀に攻められ二条新御所で自害してしまったので次男の信雄、織田家相続のチャンス到来。
織田家の今後をどうしようという内容の清須会議が重臣たちの間で開かれます。羽柴秀吉は三法師(信忠の息子)、柴田勝家は織田信孝(信雄の弟)を推薦。なんと信雄は候補にすら選ばれませんでした。
写真は織田信雄のお墓です。
その後、信雄は暫く秀吉に従いますが徳川家康と画策し小牧・長久手の戦いを起こします。しかし途中で家康抜きで秀吉と独断和睦を結び小牧・長久手の戦いを終わらせてしまいます。
秀吉の配下になりましたが、耐えられなかったのか秀吉に逆らって改易、流罪。そして家康が両者の間に入り赦免されます。
1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いでは家康にも石田三成にも属さず傍観。戦後、家康から咎められ改易。
そして秀吉亡き豊臣氏の家臣になります。1614年(慶長19)の大阪冬の陣で豊臣秀頼を見限り徳川方へ。豊臣氏が滅亡した後、江戸幕府から大和国宇陀郡(奈良県)と上野国甘楽郡(群馬県)を与えられました。余生を楽しみ、1630年(寛永7)に京都で死去しました。
信雄についてはこんな感じです。
残念ながら織田信雄は凡愚な武将、大名と評されています。ただ物凄く運のいい人間だったのでしょう。この立場で73歳まで生きれたのですから。でも信長がもっと長生きして居れば…。と考えれば不運だったのかもしれませんね。
ちなみに清須会議で選ばれた三法師は関ヶ原の戦いで石田三成に属し敗北、高野山に追放され26歳で病死(自殺かも)。織田信孝は秀吉vs柴田勝家の賤ヶ岳の戦いの際、信雄に城を囲まれて降伏、自害を命じられます。こちらも享年26歳。
織田宗家七代の墓です。
織田信雄の血筋は1767年(明和4)に明和事件で出羽高畠(山形県高畠町)に移封されるまでの152年間小幡藩(群馬県甘楽町小幡)を統治していました。
しかし立派な五輪塔ですね。さすがは織田宗家といったところでしょうか。
楽山園
織田信雄によって築庭された楽山園です。
名前の由来は『知者ハ水ヲ楽シミ、仁者ハ山ヲ楽シム』という論語の故事から。
信長の息子に生まれて秀吉や家康の間に挟まれどうにか生き残った信雄。
甘楽町小幡は養蚕で有名な地です。
江戸時代ぐらいから養蚕業が活発になったということなので信雄が指示を出したのかもしれません。まぁ実際は江戸幕府が銅の流出を防ぐため養蚕を推奨しただけですがね。(当時、生糸は中国から輸入していたため)
少し甘楽町の街並みも見てみましょう。
風情ある甘楽の街並み
中路地です。自動車がない当時としてはかなり広い道だったようです。
食い違い郭。防衛のため造られたもの。
また下級武士が上級武士に出会うのを避けるためここに隠れたとも伝わっています。
松平家大奥跡。
織田氏が移封した後に小幡藩に入った松平氏はここに大奥を設けました。
高橋家の庭園。
ここは江戸時代の武家屋敷にあった庭園。江戸時代から殆ど変わっていない昔の様子を最も表している場所だそうです。
大手門跡。陣屋(藩庁)の表門です。
雄川堰。雄川より取水して造られた用水路です。
疏水百選、名水百選に選ばれています。
ちなみに疏水は農業用に設けられた水路のこと。
吹上の石樋。
雄川の水を城下町に流すためには掘沢川という小さな川を横切る必要があります。その際に石材を組み合わせて造られた宙に浮く水路。少しこぼれていますがしっかり下流まで流れています。江戸時代の技術でこれを造るのは大変だったろうに。
道の駅・甘楽。甘楽町はイタリアのチェルタルド市と姉妹都市提携していてるので道の駅・甘楽では直輸入ワインを販売しています。
終わりに
こんな感じ。ここでしか手に入らないワインもあるそうですよ!(日本国内で)
今回の記事はこれにて終了。
おしまい!