東京都

港区

清正公と崇められる日蓮宗寺院・覚林寺と加藤清正の関係について【東京の旅】

清正公の由来。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、加藤清正は捕えた王族の子供を日本へ連れ帰り大切に育てました。その子供は成長すると出家し隠退後に覚林寺を創設し、寺に育ててくれた加藤清正の像を祀りました。その捕えられた朝鮮の子供が後の可観院日延というわけです。美談っぽい話ですが、普通に拉致ですね。
檜原村

檜原村の秋川・滝巡り!東京にもこんな素晴らしい場所があったのか?【東京の旅】

檜原村は東京本土唯一の村で豊かな自然に囲まれています。特に村を流れる秋川には多くの滝があり『滝の村』といっても過言ではありません。秋川は『北秋川』と『南秋川』に分かれ、2本の河川は檜原村役場付近で合流、最後は多摩川に合流します。案内板がない滝や登山しないと見れない滝が多数あり1日や2日では周り切れないぐらいです。
世田谷区

隠れたパワースポット玉川大師の超まっくらな地下霊場!霊場は撮影禁止なので写真はありません【東京の旅】

真言宗のお寺で創建は割と最近で大正14年です。境内には石像、石碑などもありますが、なんといってもメインは地下霊場。100m続く地下霊場は序盤は真っ暗で中盤から様々な仏像達が鎮座しています。私は訪れるまで知りませんでしたが、パワースポットとしてそこそこ人気があるようです。地下霊場は撮影禁止ですので地下の写真はありません。
港区

日本地図で有名な伊能忠敬の西国測量の基点、高輪大木戸跡へ行ってきた【東京の旅】

港区高輪にある江戸時代の史跡・高輪大木戸跡を見に行きました。大木戸とは簡易関所のことで、高輪大木戸は旧東海道の両側に石垣を設け、江戸の南玄関口として人々の出入りを監視しました。また人が多く集まる場所なので高札場としても活用されています。実測の日本地図を作ったことで有名な伊能忠敬は西日本の測量の際に高輪大木戸を基点にしました。
渋谷区

勝利のパワースポット!日本を勝利に導いた東郷平八郎が祀られる東郷神社に参拝【東京の旅】

東郷神社は都会の喧騒の中、静かに佇む神聖な場所。ここの雰囲気が大好きでよく訪れたものです。勝利の神様が祀られているということでクソ真面目に仕事をしていたときは『いい結果が出ますように!』と参拝して御守りを買いに来たりもしました。恐らく私の人生で東京に長期間滞在することはもうないと思うので最後の記念に訪問しました。
檜原村

後北条氏の檜原城跡と吉祥寺の十三仏巡りについて【東京の旅】

吉祥寺を登ると十三仏巡拝入口が見えてきます。十三佛信仰は古くからある日本独自の民間信仰です。人間は亡くなってから7日ごとに前世での罪を裁かれるそうです。裁判を担当する十三の仏をここでは参拝することが出来ます。十三佛信仰はそれぞれの日を担当する裁判官に故人が無事に成仏できるよう祈る儀式です。
港区

芝大門にある増上寺の歴史と徳川将軍家墓所の謎について調べてみた【東京の旅】

大門にある増上寺は小田原征伐後に関東へ入部した徳川家康が菩提寺と定めた浄土宗の寺院です。境内に徳川将軍家墓所があるのですが、何故か15代将軍全員のお墓はありません。何か理由はあるのだろうか?ということで今回は増上寺の歴史と菩提寺なのに将軍全員の墓がない理由について見ていくことにしましょう。
世田谷区

豪徳寺にある井伊直弼の墓と招き猫物語について【東京の旅】

大谿山(だいけいざん)豪徳寺の前身は、1480年に世田谷城を治めていた吉良政忠が亡き伯母を弔うために建てた小さな庵『弘徳院』だと言われています。初めは臨済宗でしたが、門庵宗関和尚(もんなんそうかん)によって曹洞宗に改宗されました。ちなみに和尚は今川義元の孫で泉岳寺の開祖です。
港区

江戸無血開城!江戸の町を戦禍から救った歴史的会談が行われた場所は?【東京の旅】

旧幕府方は山岡鉄舟を駿府にいる西郷隆盛の下に派遣。内交渉を行います。その後、江戸にて西郷隆盛と勝海舟の交渉が二度行われます。二度目の交渉地が『江戸開城 西郷南洲 勝海舟 會見之地』の碑がある江戸薩摩屋敷跡(現・三菱自動車工業 本社ショールーム)だったと伝わります。(諸説あり!)
港区

乃木希典は本当に愚将なのか?明治天皇に殉じた彼の人生を振り返る【東京の旅】

明治時代に活躍した将軍・乃木希典は愚将、凡将と評されることが多いです。私もこの時代に興味を持ち小説や映画を見始めた頃は『このおっさん、兵に突撃ばかりさせて酷い指揮官だな…。』なんて思っていました。しかし調べていくうちに一概に無能と評価されているわけではないということを知り、乃木大将に対する見方が変わっていきました。
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