鯛生金山へ行ってきた!一攫千金の夢見た人々が集う東洋のエル・ドラード【大分の旅】

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東洋のエル・ドラードと呼ばれ多くの人々で賑わいを見せた鯛生金山。

全盛期には日本全国から約3000人の労働者が夢を見て集まり、周辺には病院、小学校、飲食店、配給所などが建ち並び活気ある鉱山町が形成されました。

第二次世界大戦が始まったため人々は戦争に駆り出され金の産出量が減少。

戦後に再び操業開始を試みるも鉱脈の発見が出来ず1972年(昭和47年)に閉山しました。

現在は地底博物館として坑内の様子や当時の採掘方法を観覧することが出来ます。

それでは鯛生金山を見ていくことにしましょう!

 

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鯛生金山へのアクセス&入坑料金

鯛生金山

日田方面(大分)からは大分自動車道の日田ICを下りIC入口の信号を右折します。

玉川バイパス(国道212号)を直進し突き当りを左折。日田バイパス(国道210号)をしばらく進み大宮の信号を右に曲がります。

約30分直進し続けY字路を右に入ります。そのまま進めば金山に到着します。

八女方面(福岡)からは九州自動車道の八女ICを下り左折。

八女インター北の信号を右折します。道なりに進めば到着です。

 

鯛生金山の風景

鯛生金山

受付でお金を払って進みます。

 

鯛生金山

当時使われていたであろう施設や機器が無造作に置いてあります。

 

鯛生金山

操業初期は水車を利用して金を採取していました。

杵に鉄を付け臼に金鉱石を入れ砕き水銀を混ぜ、揺り鉢に入れ替え水を投入すると金にまとわりついた水銀が鉢の下に溜まります。

それを鹿のなめし皮に包み金を取り出していました。

 

鯛生金山

入口です。

 

鯛生金山

右読みに歴史を感じます。

主坑道の上には『一棒一条痕 昭和九年十一月』と彫られています。

一棒一条痕は陽明学を起こした王陽明の言葉。
本来は一掴一掌血、一棒一条痕といいます。
『一度掴んだら血が出るくらい強く握れ。一度棒を叩き込んだら一生痣が残るほどやれ。』
いちまる
いちまる

現代では炎上しそうな言葉ですね。
それくらい必死に事を成せということの譬えなんでしょうけど。

鯛生金山

中に入ります。

人間が掘った洞窟なので鍾乳洞のような神秘的な雰囲気はありません。

 

鯛生金山

坑内の見張所です。

私は足尾銅山で大工として働いていた祖父を持つので採掘場に良いイメージを持っていません。祖父はよく言っていました。

『貧乏な日本人、どこから連れてこられたかわからない朝鮮人が過酷な環境の中で働いていた。サイレンが鳴ると今日も落石事故で人が死んだんだなと想像した。』

鯛生金山はどうだったのでしょうか?

 

鯛生金山

右側の外国人は鯛生金山株式会社(TAIO GOLD MINESCO.Ltd.)の経営者のハンス・ハンターです。

彼は1918年(大正7年)から1925年(大正14年)まで経営を務め鯛生金山に近代的な設備を導入しました。

 

鯛生金山

ダンプトラックと漏斗。

坑内は竪坑、採鉱場、初期採鉱の3つのゾーンにエリア分けされています。

それでは参りましょう。

 

竪坑ゾーン

鯛生金山

 

鯛生金山

何百メートルの深さの竪穴から幾つもの坑道が掘られていました。

巻上機は主坑道に設置され地下で集められた金鉱石を吊り上げ運んでいました。

 

鯛生金山

 

鯛生金山

第一竪坑。鯛生金山にはこのような竪坑が6本あります。

深さは約500mあります。エレベーターで鉱石や人間を運んでいたそうです。

想像しただけで恐ろしい…。

 

鯛生金山

圧縮された空気は鉱石を掘るための機械動力として使われました。

また坑内に新鮮な空気を送る役割もあります。

 

鯛生金山

地下の水平坑道の金鉱石はバッテリー機関車で運搬していました。

 

鯛生金山

黄金浪漫という名の麦焼酎。

この焼酎を陶器に入れて貯蔵することで、生きている焼酎に酸素を取り入れることができ、陶器が遠赤外線を放射し、まろやかに熟成させるといわれています。(中略)おいしく熟成させるには、光の当たらない高湿度で温度の一定の所で貯蔵するのが理想です。まさにこの条件を満たす場所が鯛生金山の坑内なのです。

鯛生金山 黄金浪漫説明板より

いちまる
いちまる

おいしいのかな?
ちょっと気になる…。

採鉱場ゾーン

鯛生金山

排水ポンプ。

掘り進めて行くと必ず地下水脈に当たるため水を排除しながら作業を強いられました。深くなればなるほど地下水は増えていきます。そのためより巨大な排水ポンプを用意する必要がありました。

 

鯛生金山

 

鯛生金山

削岩機。

爆弾を詰め込むための穴をこれで開けます。動力は前述した圧縮された空気です。

 

鯛生金山

コールピックという機械。

爆破突破したあと岩盤や鉱石をこれで削り取ります。

 

鯛生金山

スラッシング。

砕かれた岩石を掻き出すものです。

 

鯛生金山

ダイナマイトを挿入する様子。

 

鯛生金山

赤い矢印の真ん中にある黒い筋が金鉱脈。

 

鯛生金山

福岡県の矢部村に通じる坑道です。

現在、矢部村は八女市に合併されています。

 

鯛生金山イルミネーション

鯛生金山

 

鯛生金山

イルミネーション。

殺風景な坑内から一転してこの風景が表れたのでびっくりしました。

かなり綺麗です!

 

初期採鉱ゾーン

鯛生金山

穿子(ほりこ)。

ノミの槌を使って穴を掘っていきます。

 

鯛生金山

昔は夫婦で坑内に入り作業をしていたそうです。

 

鯛生金山

水替人足と荷揚穿子。

次々と湧き出てくる地下水を井戸のつるべの要領で取り除きます。

荷揚穿子は籠を背負い狭い坑道を這うようにして鉱石を採りに行きます。

 

鯛生金山

振矩師(ふりがねし)は坑道内部を知り尽くした測量技師のことです。

 

鯛生金山

ねこ流しと呼ばれる作業。

樋(とい)にむしろを敷き、細かく砕いた金鉱石を水で流します。そのあと揺り鉢に移して更に不純物を取り除きます。

樋・・・屋根の雨どい部分にあるやつです。

むしろ・・・わらの篭を想像していただければ。

 

鯛生金山

砕女(かなめ)。

金鉱石と鉱石のカスを選別する仕事です。

 

山神社

鯛生金山

初期採鉱ゾーンの途中にある山神社。

安全祈願、家内安泰、縁結びのご利益があるそうです。

安全祈願 当時より金山採掘の無事を祈り、山の安全を願掛けてきました。

家内安泰 坑夫が無事に帰宅することが平穏無事につながりました。

縁結び 婚礼の際、オス・メス二匹の鯛が撥ね、石に張り付き、鯛が生まれ変わった石として鯛生と言われるようになりました。

山神社 説明板より

 

鯛生金山

神社付近に座っていた謎の老人。

 

鯛生金山

金の鯛のレプリカ。

以前は24金の鯛が展示してありました。しかし2006年に右の鯛が盗難にあったため移転しました。犯人は捕まったものの一匹の鯛は帰ってきませんでした。

これで坑内の紹介は終わりです。

 

鯛生金山資料館

鯛生金山

鯛生金山の関するいろいろが展示されています。

 

鯛生金山

金鉱石以外の鉱石も展示されています。

 

鯛生金山

赤い線が主坑道でオレンジが竪坑、黄色が水平坑道です。

金山内部がどうなっていたのかがよくわかります。

 

終わりに

鯛生金山

砂金採りの体験も出来ます。

おしまい!

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