古戦場

熊本市

神風連の乱とは?かれらは何を思って明治政府に戦いを挑んだのか【熊本の旅】

1876年(明治9)10月24日、神風連の乱は起きました。元肥後藩士の太田黒伴雄、加屋霽堅、斎藤求三郎が率いる神風連は明治政府に戦いを挑みます。熊本鎮台の司令長官や県令を襲撃し、その後熊本鎮台へ向かいます。神風連は奮戦するも…。次第に追い込まれ相次ぐ指導者たちの戦死により瓦解しました。
伊丹市

信長もビックリ!?荒木村重の謀反と有岡城の戦いの悲劇について【兵庫の旅】

伊丹城は摂津の国人衆・伊丹氏が南北朝時代に築城したと云われています。戦国時代になると荒木村重が伊丹城を攻め落とし入城。村重は伊丹城を居城と定め、大改修を行った後、有岡城に改名しました。村重は摂津池田氏の家臣、荒木義村の息子として生を受けました。後に織田信長に見出され家臣となりますが…。
大分市

豊薩合戦・戸次川の戦いについて!長宗我部信親の墓にお参りしてきた【大分の旅】

戸次川の戦いまでの経緯 耳川の合戦(1578年)や沖田畷の戦い(1584年)で勝利を収めた薩摩国の島津氏は九州統一を目指し進軍します。それに抵抗するため豊後国の大友宗麟は豊臣秀吉に助けを求めますが、秀吉は織田信雄、徳川家康と対峙していたため九州へ兵を送ることが出来ませんでした。